伊丹の歴史といたみタウンセンターの誕生

伊丹は、神戸から20km、大阪から10kmの圏域にあり、市の東側は空の玄関大阪国際空港の大滑走路が横たわります。面積約25k㎡、人口約19万人を有する阪神間の中核都市です。
伊丹は、遠く縄文の時から古の歴史を重ねた地でもあり、戦国時代には荒木村重が摂津の国の中心として、有岡城を本拠とした要害の地でもありました。村重の没落とともに城は廃れ、城下町は酒造の町伊丹郷町(ごうちょう)へと移り変わります。
上方から江戸に送られた、いわゆる「下り酒」は江戸の人々に珍重され、中でも伊丹の酒は「丹醸」といわれる完成度の高い「澄み酒」でした。この酒造技術により現在の清酒が生まれたのです。伊丹郷町は酒と酒造家が中心となって経済的発展をとげ、これを背景に「東の芭蕉、西の鬼貫(おにつら)」と称された上島鬼貫に代表される高い俳諧文化も隆盛しました。
近世に入っても、大正・昭和初期には大阪心斎橋通りほどの人ごみもあったといわれる伊丹の商店街でしたが、昨今は商店数・販売額・売り場面積も大きく減少し、平成7年の阪神淡路大震災により阪急伊丹駅が倒壊するなど、さらに大きなダメージを受けました。
この中心市街地商業の空洞化は、伊丹だけでなく全国的な 問題でもあり、まちづくり政策として「まちづくり三法」が制定されました。しかし、これによって制度化されたTMOによるまちづくりは、当初期待されたほどの成果がみられない状況に陥っていましたが、伊丹市においては2005年4月1日の中心市街地活性化法の改正によって、TMOの戦略実行部隊いたみタウンセンターをNPO法人化し、全国初のTMOの認定を受け、イベント事業を初め、まちづくりに積極的に取り組んできました。
このような状況の中で、さらにまちづくり三法の見直しが行なわれ、これまでの中心市街地の整備改善と商業等の活性化などを中心とした整備から、教育、文化、医療、社会福祉などの都市福利施設の整備や、まちなか居住の推進が加えられ、更にこれらの整備事業と一体となった公共交通機関の利便促進が盛り込まれました。そして、これらの事業を推進するために中心市街地活性化協議会が制度化されました。
NPO法人いたみタウンセンターは、これまで行なってきた企画調整型TMOにおける事業実施の実績から、中心市街地活性化協議会の具体的事業推進の担い手として、活動していきます。
- ・H.11. 3 中心市街地活性化基本計画策定
- ・H.11. 8 ~ H.11.10 伊丹市郷町あきない勉強会を開催
- ・H.11.11 ~ H.12. 4 まちづくり機関(TMO)協議会開催
- ・H.12. 9 ~ H.13. 1 TMOワーキング会議を開催
- ・H.13. 3 いたみTMO構想伊丹市長より認定、「いたみTMO」誕生
- ・H.13. 5 いたみTMO推進協議会発足
- ・H.13. 5 いたみタウンセンター(ITC)発足
- ・H.17. 7 NPO法人いたみタウンセンター発足
NPO法人いたみタウンセンター組織図

【NPO法人いたみタウンセンターが行なう活動】
- まちづくりの推進を図る活動
- 経済活動の活性化を図る活動
- 子どもの健全育成を図る活動
- 社会教育の推進を図る活動
【NPO法人いたみタウンセンターが行う事業】
- 中心市街地プロモーション事業
- 中心市街地空き店舗等活用事業
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